大阪地方裁判所 昭和31年(わ)2625号 判決 1960年5月23日
被告人 李石柱 外一名
主文
被告人李石柱を懲役一年二月に、
被告人梁道煥を懲役一年に
処する。
ただし、被告人両名に対し、それぞれ本裁判確定の日から二年間その刑の執行を猶予する。
押収の外国人登録証明書一通(昭和三十二年裁領第二五六号の三六)は、これを被告人李石柱から没収する。
訴訟費用中証人谷川敏男、同芦田克已に各支給した分は被告人梁道煥の負担とする。
被告人李石柱に対する公訴事実中、外国為替及び外国貿易管理法違反の点(昭和三十一年十一月二日付起訴状の公訴事実)につき、同被告人を免訴する。
理由
(罪となるべき事実)
第一、被告人李石柱は外国人であるが、有効な旅券又は乗員手帳を所持しないで、昭和二十九年十月上旬頃韓国釜山港附近より佐賀県伊万里市瀬戸町附近の沿岸に上陸して、本邦に入国し、
第二、被告人李石柱は外国人登録証明書を不正に入手しようと考え、被告人梁道煥にこれを謀り、こゝに被告人両名は被告人李石柱のため外国人登録証明書を偽造することの意思を通じ、昭和三十年二月上旬頃福知山市北栄町百六番地の被告人梁道煥の当時の自宅において、行使の目的をもつて、被告人梁道煥がかねて入手していた福知山市長天野博の発行にかかる金南市名義の外国人登録証明書第〇二七九二七七号の写真貼付欄に貼付してある金南市の写真の乳剤膜面側を薄く剥ぎとり、その跡に被告人李石柱の写真の乳剤膜面側を薄く剥いで貼付し、その上を指先で押えて、バライタ紙上に契印として刻まれている「京都府」の丸型浮出しプレス印の印影を右貼付した乳剤膜面上に表わし、あたかも被告人李石柱の写真上に「京都府」の浮出しプレス印が契印として押捺されているように作為し、もつて新たに登録者(証明書所持人)として被告人李石柱の写真が貼付されている福知山市長天野博作成名義の記名印章ある外国人登録証明書一通(昭和三十二年裁領第二五六号の三六)を偽造し
たものである。
(証拠の標目)(略)
(法令の適用)
法律に照らすと、被告人李石柱の判示第一の所為は出入国管理令第三条、第七十条第一号に、判示第二の所為は刑法第百五十五条第一項、第六十条に該当し、以上は同法第四十五条前段の併合罪であるから、判示第一の出入国管理令違反の罪につき所定刑中懲役刑を選択し、刑法第四十七条、第十条により重い判示第二の公文書偽造罪の刑に併合罪の加重をした刑期範囲内で同被告人を懲役一年二月に処し、次に被告人梁道煥の判示第二の所為は同法第百五十五条第一項第六十条に該当するので、その所定刑期範囲内で同被告人を懲役一年に処し、なお、情状により同法第二十五条第一項に従い被告人両名に対しそれぞれ本裁判確定の日から二年間その刑の執行を猶予し、押収の外国人登録証明書一通(昭和三十二年裁領第二五六号の三六)は判示第二の公文書偽造の犯行より生じたもので、何びとの所有をも許さないものであるから、同法第十九条第一項第三号、第二項によりこれを被告人李石柱より没収し、訴訟費用中証人谷川敏男、同芦田克已に各支給した分は刑事訴訟法第百八十一条第一項本文によりこれを被告人梁道煥に負担させることとする
(免訴の理由)
被告人李石柱に対する公訴事実中、外国為替及び外国貿易管理法違反の点の要旨は、
「被告人李石柱は大阪市東区備後町三丁目十一番地所在の株式会社富田商会の顧問なるところ、同商会が昭和三十一年四月下旬頃から五月下旬頃にかけて中国広州市大平南略百十五号中国機械進口公司広州分公司よりデイーゼルエンヂン用クランクシヤフト五十本及びコネクテイングロツド百八十八本の発注をうけたが、該品については通商産業大臣の輸出承認が容易に得られないことを見越し、通商産業省及び税関の係官を欺罔して通商産業大臣の輸出承認をうけないで前記貨物を上海に輸出しようと企て、同商会の従業員である崔義男、崔金男等と共謀の上、右中国機械進口公司よりエアコンプレツサー用クランクシヤフト五十本及びコネクテイングロツド百八十八本の発注をうけたように仕做して通商産業省通商局係員を欺罔し、同年八月三日通商産業大臣より無効の輸出承認をうけ、同年十月十一日神戸税関に対し前記エアコンプレツサー用クランクシヤフト及びコネクテイングロツドを上海に輸出する旨記載した輸出申告書を提出した上、翌十二日神戸市生田区神戸港第四突堤O三倉庫において通商産業大臣の輸出承認をうけていない前記デイーゼルエンジン用クランクシヤフト三十九本及びコネクテイングロツド八十二本をそれぞれ申告どおりの貨物のように装つて同税関の検査をうけ、もつて右貨物につき通商産業大臣の輸出承認をうけないで輸出しようとしたものである。」というのである。
しかし、右デイーゼルエンジン用クランクシヤフト及びコネクテイングロツドは右昭和三十一年十月十二日当時は、外国為替及び外国貿易管理法(以下単に法と略称する)第四十八条第一項に基き通商産業大臣の輸出承認を要する貨物の品目を定めた輸出貿易管理令第一条第一項第一号の別表第一第十六号カ「原動機」(その部分品及び附属品を含む、以下同じ)に該当したものであるが、その後右別表中の原動機に関する項目は昭和三十二年七月十九日政令第一九九号により一部改正をうけた後、同三十三年八月二十八日政令第二五五号により全く削除され、右政令第二五五号の施行された同年九月一日以降は原動機の輸出については通商産業大臣の輸出承認を要しないこととなつた。従つて本件公訴事実のような行為は、同日以降は法第七十条第二十一号(昭和三十三年五月十五日法律第一五六号による改正前は同条第二十二号)違反の罪を構成しないものとなり、右行為の可罰性は失われたものと解せざるを得ない。(もつとも右法律第一五六号の附則第二項には「この法律の施行前にした行為に対する罰則の適用については、なお従前の例による」旨の定めがあるが、右はその法律によつて改廃された罰則の適用についてのみ刑法第六条の適用を排除するにとどまり、その後に公布施行された前記政令第二五五号により法の罰則が一部改廃される結果を生じた場合にまで、なお行為時法によることを認めた趣旨とは解しがたい)。
検察官は、法第一条第二条に宣明されている同法の立法目的とその再検討の要請、並びに法第四十八条第一項第七十条第二十一号がその具体的内容を政令に委任している法構造に徴し、同法及びこれに基く命令は国民経済の復興発展に応じて逐次変改されるべきことを予想されているものといえるから、法四十八条第一項第七十条第二十一号はいわゆる限時法的性格を有する法規であると主張する。なるほど、法第二条は、「この法律及びこの法律に基く命令の規定は、これらの規定による制限を、その必要の減少に伴い逐次緩和又は廃止する目的をもつて再検討するものとする」と規定し、同法及びそれに基く命令の規定に対し将来逐次改廃の加えられるべきことを当初より予期していることはまことに所論のとおりである。しかしながら、刑罰法規の廃止後においてその廃止前になされた違反行為につきなお行為時法を適用して処罰しうるものとするためには、刑法第六条、刑事訴訟法第三百三十七条第二号の趣意にかんがみ、さらにこれに対する例外を示す法規上の明文があることを要し、単に当該刑罰法規が一時的事態に対処するために制定され早晩改廃をうけることが予想されていることをもつて、直ちにそれが限時法ないし限時法的性格を有するものとし、刑罰法規廃止後の追及効を認めることは許されないものと解する。
従つて、本件は、「犯罪後の法令により刑が廃止されたとき」に該当することが明らかであるから、刑事訴訟法第三百三十七条第二号に則り被告人李石柱の外国為替及び外国貿易管理法違反の点については、同被告人に対し免訴を言渡すこととする。
よつて主文のとおり判決する。
(裁判官 西尾貢一 萩原寿雄 藤井正雄)